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退屈な話

「書かないことは、なかったこと」 せっかくパソコン持ってるので日記を書きます。

20161010

朝は7時に起床。30分くらいぼーっとしたのち、身支度して某作業のために学校へ。途中どうも街が静かすぎることから、今日が祝日であることに気づく。着くと某先輩がいて掃除をしていたので少しだけお手伝い。

人もぼちぼち揃って某作業開始。ええもん見せてもらって大満足。そのためか作業どころの騒ぎじゃなかった。お昼まで。

昼飯は尋常じゃないくらいニンニク臭いラーメン屋で摂取。これがたまらんのですわ。終わったのち某部屋に戻ろうかと思ったが、なにやら某会が催されるらしく撤退。早めの帰宅。祭りが催されていたらしく、外でトンチャンと音がした。the strokesのis this itをきく。いいアルバム。

帰ってからなにか疲れている気がしたので昼寝。起きてから瞑想をして、某言語の本と某小説を少しだけ読む。どっちも面白そう。

 

最近、なにかが自分の中でかみ合ってるという感じがする。読んでて楽しい本もどんどん空から降ってくる。人を愛せるような気がする。これは、ひとつには自分に注意を向けられているからだと思う。自分はどういう人間で、なにがしたいのか、何をされたくないのか。それがわかれば自ずと読むべき本、会うべき人、行くべき場所もわかるような、やっぱりわからないような。前にコンサルの人が言ってた「運」だとか「縁」ってこのことかもしれないと一人納得している。

 

強さということに関しても今日はぼんやりと考えていた。つまり、野球でも格ゲーでもなんでもいいんだけど強さそれ自体が素朴に実在して、それを最も多く(?)有している「最強の人」がいるという考えがあるらしい。強さは大きさと同様に他のものとの比較でしか測れないものだと思った。宇宙に野球ボール一個しか存在しないとして、どうしてそれが大きいなどと言えるだろう。だから大事なのは強さを求めることじゃなく、目の前の相手と対峙した時にどうやって勝つかということだろう。この辺はバガボンドの全編や、シャーマンキングのホロホロ vs ブロッケン戦なんかが参考になると思う。強さが人を勝利に導くにではなく、一度限りの勝負に勝ち続けるひとが、そういうひとだけがその時だけ強い。

 

なんかすげえ意識高いブログみたいになったな。明日もあるので寝ますか。洗濯しようかな