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退屈な話

「書かないことは、なかったこと」 せっかくパソコン持ってるので日記を書きます。

『君の名は。』を観た話――因果を超えた奇跡、世界に隠された奇跡

日常以外 感想等 映画

※以下、公開中の映画『君の名は。』のネタバレを含みます。まだ観てないひとは絶対見ない方がいいです。

 

本日、新海誠監督の『君の名は。』を観に行った。もうめちゃくちゃ大好きになったので、いてもたってもいられず感想というかメモ書き程度の備忘録を残しておく。

 

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・あらすじ

飛騨山脈近くのど田舎に暮らす女子高生、宮水三葉(みつは)はある時から東京の男子高校生立花瀧(タキ)の身体に入り込んで生活する夢を繰り返し見るようになる。みつはがタキとして生活をしている間、タキもまたみつはとして生活していることが分かり二人の奇妙な生活が始まる。

自分が他方の身体を使っている間に起きたことを日記として残しておくというルールを設けることで互いの人間関係や社会生活を守ることが提案され、当惑しながらもその生活を楽しむ二人。しかし「明日は彗星が見られるね」という日記以来、みつはとタキの入れ替わりが生じることはなくなった。

このことを不思議に思ったタキは、記憶の中の風景だけを手掛かりにみつはに会いに行こうとする。そしてようやく見つけたみつはの町は、なんと三年前に彗星が隕石化して落下したことで巨大な湖となっていた。時代を共有していたと思っていた二人だったが、みつはは三年前の人間で、彗星落下によって死亡していたのだった。

タキは、みつはや彼女の目を通して出会った人々が彗星落下でみな死んでしまうという過去の事実を変えるべく、最後にみつはが残した口噛み酒を飲むことで入れ替わりを起こす。彗星落下当日にみつはとして目覚めたタキは、町の人々が避難するよう様々なことを画策するが失敗してしまう。タキがタキとして目を覚ますと、糸守町は奇跡的に非難が成功しており、歴史の改ざんが成功していた。だがあれほど大事に思っていたみつはや糸守町のことをタキは忘れてしまっていた。

時は流れて五年後、タキは大学生として就職活動に励むも苦戦する日々が続いていた。彼はかつて、そして今も誰かを、何かを必死に探しているのだが、それが一体誰なのか、何なのかがわからない。面接へ向かう電車の窓から、ふと赤いリボンをした女性と互いを見つけ、すれ違ったお互いを探して二人とも東京中を走り回る。そしてついに二人は同じとき、同じ場所で出会い、忘れてしまっていた互いの名を尋ねるところで物語は終わる。

 

・雑な感想

秒速5センチメートル 2016』といった感じで、あの作品が好きな人なら絶対大好きになる作品だと思う。新海さんが一貫して描く、二人の間に茫漠たる距離が立ちはだかることで出会えないというシチュエーションが今回もある。それが『秒速』では空間的距離だったのに対し、今作ではヒロインが過去の時点で死んでいるという因果によって隔てられている。そしてある種の奇跡によって邂逅を果たし、そのことによって糸守町の住人を救うというさらなる奇跡を起こした二人は、しかし互いの名を忘れて日常に戻っていく。この時点で因果を超える奇跡の物語は、単に空間的距離に隔てられ互いのことを忘れてしまった二人の物語という『秒速』の構造に立ち返っていく。そして『秒速』ではついに出会うことのなかった主人公とヒロインが東京の街で互いを見つけ、出会うシーンはもう最高や。作中「彗星が隕石化して、しかも人間の居住地域に落ちる確率は無視できるほど小さい」というニュースが流れるが、東京という巨大な都市で特定の二人がであう確率も極めて小さいはずである。これもまたすごい奇跡だ。

相変わらず新海アニメの背景の美しさ、とりわけ彗星が空をかけ、そして隕石化したすい星が空から落下するシーンの美しくも恐ろしい描写は最高としか言いようがない。

神木隆之介さんや上白石萌音さんの演技もすんばらしく、主人公とヒロインの魅力を爆上げしていた。彼らが演じるキャラクターがキュートで大好きな存在であればあるほど、二人を救う奇跡の価値も爆上げするのである。

 

この物語において、糸守町の住人を奇跡による歴史改ざんを通して救ったこと、みつはとタキが互いに入れ替わっていたことを証拠だてるものは何一つなくなってしまう。物的証拠はもちろん、彼ら自身の記憶もなくなり、「誰かを、何かをずっと探している気がする。それが何かはわからない」というぼんやりとした感覚としてのみ彼らのうちに残ることになる。最後に二人が出会った場面ですら「「君、私と入れ替わってた人だよね?」」などとは言えないわけである。ただ、ずっと探し続けていた何かと出会ったという感動から二人は涙する。

この構造を分析すれば、私たち自身もまた作品の中のような奇跡を体験していたという可能性はあることになる。そうした奇跡の人と、明日出会うかもしれないし、もうすでに出会っているかもしれない。そう考えることができるのは本当に素敵なことだと思う。この奇跡は因果を超えた奇跡を超克した、世界にかけられた魔法である。

自分が大好きな童話『星の王子さま』でも同じようなことが語られている。「砂漠が美しいのは、それがどこかに井戸を隠しているからだ」というのも「星があんなに美しいのも、目に見えない花が一つあるからなんだよ」というのもそういうことである。私たちの目に見えるのは荒涼たる砂漠、物言わぬ星々だけだが、それらが秘密を隠していると考えることで世界は一変して美しくなる。

これから生じるすべての出会いを祝福するような、本当に素晴らしい映画だったと思う。

 

・おまけ

新海さんが言う「ずっと何かを探している気がする」という感覚、というか病的な妄執みたいなのは一度も共感を覚えたことがない。彼のこの狂気の源泉みたいなのがあるならそれも知りたいところである。これはおまけだけども。